耶馬溪と台酒店
耶馬渓は、大分県北部に位置する奇岩の連なる渓谷地帯。
古来より人々は、ここの自然の造形美に魅せられ
神仏の信仰施設を建造し、洞門と石橋で道を通し、絵画や庭園でそれを表現しました。

当店の屋号である「三福屋」は、
耶馬渓を流れる山国川支流の二つの集落、三尾母集落と福土集落の頭文字から名付けられました。
台酒店と耶馬美人
当店の主力商品は何といっても「本格焼酎 耶馬美人」です。

醸造元の旭酒造とは、創業時期も近く当初から二人三脚で製造と販売を分業してきました。
特に、旭酒造の三代目・中 正義氏と、当店の二代目・台 和夫は、地元でも有名な 『げってん(頑固、偏屈)者』。
似た者同士どこか馬が合い、しょっちゅう酒屋の仲間と呑みに行っていたそうです。
ある時、旭酒造が当店でいつも置いていた店の棚に、別の酒蔵が勝手に自分の酒を陳列して帰ったところ
和夫は激怒し、なんとその酒を店の外に放り出し、その日のうちに引き上げさせてしまいました。
和夫が当時、旭酒造の商品を何よりも大切に扱っていたことがよくわかります。
和夫は晩年、肝臓を悪くし47歳でこの世を去りますが、その2年後
昭和57年(1982年)度・第6回国税庁鑑評会で「米焼酎 耶馬美人」が、見事日本一に輝きました。
それから約半世紀。激動の昭和から平成、そして令和へ。
どんなに時代が変わっても、酒蔵と酒屋の絆は今も変わらずここにあり続けています。
なぜ、今ここで酒屋なのか?
繰り返される流行と、大量生産により産み出された商品は
洪水のように人々の生活に流れ込み
私たちはそれが、明日の生活を脅かす行為と知りながらも
大量生産・大量消費の生活を未だ手放すことができないでいます。
日本津々浦々、その土地で代々受け継がれている酒には
時代の風潮や流行に流されることのない「旨さ=ロマン」があります。
百年近く酒屋を続けてきた我々は、時代の荒波に立ち向かいながら
歴史と共に受け継がれてきた「ロマン」を伝えるために
今もここで酒屋を続けています。